TIVA 筋弛緩薬の投与量はしっかりしたモニタリングから ─投与量 …

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筋弛緩薬の投与量はしっかりしたモニタリングから 759 ─投与量への影響因子を探る─ 759 著者連絡先 鈴木孝浩 173-8610 東京都板橋区大谷口上町 30-1 日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野 日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野 はじめに 筋弛緩薬の作用持続時間は年齢や患者病態,麻酔 薬や併用薬などにより大きく変動する.またモニタ リングする筋の種類によっても筋弛緩薬への感受性 は異なる.これらの影響因子をまったく無視して, ロクロニウム 1mg/kg を静脈内投与した後にコント ロールの 10%に回復するまでの作用持続時間を測定 すると,1 に示すように 20 120 分と大きくばら ついてしまう.この変動を麻酔科医の経験のみで察 知するのは困難であり,個々の症例で適切な筋弛緩 状態を維持するには,やはり筋弛緩モニタリングを する必要があろう.ロクロニウムは長時間使用して も蓄積性がないため持続投与にも適するが,その際 の筋弛緩程度を把握するにはやはり筋弛緩モニター は必須である.本稿では作用時間に大きく影響する 筋種,年齢,麻酔薬について,実際に測定したデー タをもとに概説する. 測定筋による差 トランスデューサが小型で,感度調整により微細 な筋の動きにも対応できる加速度マイオグラムであ れば,母指内転筋(2)のみでなく,動きの小さい 顔面筋などにも応用可能である.皺眉筋は母指内転 筋に比較して非脱分極性筋弛緩への感受性が低く, 横隔膜,喉頭筋 1や腹筋 2における筋弛緩と同様の 推移を示すことから,皺眉筋モニタリング(3)は バッキングを予防するために深い筋弛緩状態を維持 するのに適している. 4 のようにロクロニウム 1mg/kg を挿管用量と して投与後の作用発現時間と train-of-four TOF刺激時の最初の反応である T1 値がコントロールの 10%に回復するまでの作用持続時間,10%を維持す るためのロクロニウムの持続投与量,および持続投 日本臨床麻酔学会第 29 回大会シンポジウム TIVA 新時代到来! 筋弛緩薬をどう使うか? 筋弛緩薬の投与量はしっかりしたモニタリングから ─投与量への影響因子を探る─ 鈴木孝浩 [要旨]筋弛緩薬の効果は個々の症例で大きく異なるうえに,筋弛緩モニタリングす る筋種,年齢や麻酔薬の種類によっても大きく影響を受ける.いくつかの要因により ロクロニウムの効果が大きくばらつくことを実際に知っていただくことで,個々に適 した筋弛緩状態を確実に提供するには,麻酔中の筋弛緩モニタリングが重要であるこ とを認識してほしい. キーワード: ロクロニウム,筋弛緩モニター,皺眉筋,高齢者,セボフルラン (日臨麻会誌Vol.30 No.5, 759 〜 763, 2010)

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筋弛緩薬の投与量はしっかりしたモニタリングから759─投与量への影響因子を探る─759

著者連絡先 鈴木孝浩〒 173-8610 東京都板橋区大谷口上町 30-1 日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野

*日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野

はじめに

 筋弛緩薬の作用持続時間は年齢や患者病態,麻酔薬や併用薬などにより大きく変動する.またモニタリングする筋の種類によっても筋弛緩薬への感受性は異なる.これらの影響因子をまったく無視して,ロクロニウム1mg/kgを静脈内投与した後にコントロールの10%に回復するまでの作用持続時間を測定すると,図1に示すように 20~ 120分と大きくばらついてしまう.この変動を麻酔科医の経験のみで察知するのは困難であり,個々の症例で適切な筋弛緩状態を維持するには,やはり筋弛緩モニタリングをする必要があろう.ロクロニウムは長時間使用しても蓄積性がないため持続投与にも適するが,その際の筋弛緩程度を把握するにはやはり筋弛緩モニターは必須である.本稿では作用時間に大きく影響する筋種,年齢,麻酔薬について,実際に測定したデー

タをもとに概説する.

Ⅰ 測定筋による差

 トランスデューサが小型で,感度調整により微細な筋の動きにも対応できる加速度マイオグラムであれば,母指内転筋(図2)のみでなく,動きの小さい顔面筋などにも応用可能である.皺眉筋は母指内転筋に比較して非脱分極性筋弛緩への感受性が低く,横隔膜,喉頭筋 1)や腹筋 2)における筋弛緩と同様の推移を示すことから,皺眉筋モニタリング(図3)はバッキングを予防するために深い筋弛緩状態を維持するのに適している. 図4のようにロクロニウム1mg/kgを挿管用量として投与後の作用発現時間と train-of-four(TOF)刺激時の最初の反応であるT1値がコントロールの10%に回復するまでの作用持続時間,10%を維持するためのロクロニウムの持続投与量,および持続投

日本臨床麻酔学会第29回大会シンポジウム

TIVA新時代到来! 筋弛緩薬をどう使うか?

筋弛緩薬の投与量はしっかりしたモニタリングから─投与量への影響因子を探る─

鈴木孝浩*

[要旨]筋弛緩薬の効果は個々の症例で大きく異なるうえに,筋弛緩モニタリングする筋種,年齢や麻酔薬の種類によっても大きく影響を受ける.いくつかの要因によりロクロニウムの効果が大きくばらつくことを実際に知っていただくことで,個々に適した筋弛緩状態を確実に提供するには,麻酔中の筋弛緩モニタリングが重要であることを認識してほしい.キーワード:�ロクロニウム,筋弛緩モニター,皺眉筋,高齢者,セボフルラン

(日臨麻会誌Vol.30 No.5, 759 〜 763, 2010)

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与終了後のネオスチグミン 0.04mg/kgによるTOF比0.9までの拮抗時間を皺眉筋と母指内転筋で比較してみた 3).作用発現は有意に皺眉筋で速かった(図5)が,これは血流量が母指に比較して多いことや神経筋接合部への薬物移行の速さが関係していると考えられる.横隔膜や喉頭筋での神経筋遮断と皺眉筋の遮断速度は同等であることから,皺眉筋完全遮断時が気管挿管に適したタイミングといえる.作用持続時間は皺眉筋で有意に短い(図6)が,これはロクロニウムへの感受性差によるものと考えられる.呼吸筋の sparingeffectと同様に,皺眉筋ではロクロニウムが効きにくいため,この筋での収縮反

応を指標に,ロクロニウム持続投与により安定した筋弛緩状態(図7)を維持していれば,バッキングや吃逆を予防できる.ネオスチグミンによる拮抗はやはり皺眉筋で速い(図8).よって筋弛緩からの至適回復を観るのは回復の遅い母指内転筋でなければならない.

Ⅱ 年齢による差

 基本的に若年成人と高齢者の終板のロクロニウムへの感受性は同等である.つまりED95を比較しても,20~45歳で0.39mg/kg,65~80歳でも0.37mg/kgと差がない 4).しかし薬力学的には同じでも,高齢者ではロクロニウムの薬物動態学的因子に変化が生じるため,実測体重換算のロクロニウム量を投与

図1  ロクロニウム1mg/kg投与後の10%作用持続時間(自験データ) 図3 顔面神経刺激による皺眉筋モニタリング

図2 尺骨神経刺激による母指内転筋モニタリング

図4 ロクロニウムの投与法

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筋弛緩薬の投与量はしっかりしたモニタリングから761─投与量への影響因子を探る─761

した場合,その作用および回復の態度は若年成人と異なってくる.皺眉筋におけるロクロニウム1mg/kgの作用発現は,若年成人(平均年齢 42.3歳)の65秒と比較して,高齢者(平均年齢 76.1歳)では114秒と有意に遅い 5).これには高齢者で心拍出量が減少していること,動脈硬化により血中より効果器官への薬物移行が遅延している可能性が示唆される.高齢者では肝血流量や肝重量の減少などの要因により

ロクロニウムのクリアランスが低下する(成人5.0ml/kg/分,高齢3.7ml/kg/分)6)ため,作用持続時間が有意に延長する.セボフルラン麻酔下,皺眉筋モニタリング時,コントロールの10%に回復するまでの作用持続時間は若年成人で平均56分,高齢者では75分である 5).先に述べたように,終板の感受性は成人後,加齢により変化しないため,ロクロニウムの持続投与必要量には差が出ないと考えられ

図5  皺眉筋と母指内転筋におけるロクロニウム作用発現の比較ロクロニウム投与から作用が発現し始めるまでの時間を lag,最大遮断までの時間をonsetと表わしている.*P<0.05vs.母指内転筋

〔文献3)よりデータ引用〕

図7  皺眉筋と母指内転筋でT1をコントロールの10%に維持するためのロクロニウム持続投与量の比較*P<0.05vs.母指内転筋

〔文献3)よりデータ引用〕

図6  皺眉筋と母指内転筋におけるロクロニウム10%作用持続時間の比較*P<0.05vs.母指内転筋

〔文献3)よりデータ引用〕

図8  皺眉筋と母指内転筋におけるTOF比0.9までの拮抗時間の比較P<0.05vs.母指内転筋

〔文献3)よりデータ引用〕

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るが,実際は高齢者ではより少量で同等の筋弛緩を維持できる.皺眉筋モニタリングにてT1を10%に維持するためのロクロニウム投与速度は若年成人の約7μg/kg/分に比し,高齢者では 5μg/kg/分と有意に少ない 5).これは高齢者でロクロニウムの分布用量が減少(成人553ml/kg,高齢 399ml/kg)6)しているため,筋弛緩モニター上同じ抑制率にあっても,若年成人に比べ高齢者では血中濃度がより高くなっている可能性がある.ネオスチグミン 0.04mg/kgによるTOF比0.9までの拮抗時間も高齢者では遅延する(若年成人約 12分,高齢者 17分)5).高齢者ではより筋弛緩モニターによる管理が有用である.

Ⅲ 麻酔薬による差

 セボフルランは高濃度で吸入させた場合には単独でも筋弛緩作用を発揮する.よって完全静脈麻酔時と比較してセボフルラン麻酔時にはロクロニウムの作用時間は延長し,維持必要量も減少する.ロクロニウム1mg/kg投与後,皺眉筋での 10%回復までの作用持続時間はプロポフォール麻酔時の平均43分に比較して,セボフルラン麻酔時には 57分に延長する 7).皺眉筋モニタリングにてT1を 10%に維持するためのロクロニウム投与速度はプロポフォール麻酔の平均10μg/kg/分に比し,セボフルラン麻酔では7μg/kg/分と有意に少量でいい 7).セボフルランはロクロニウムの薬物動態には影響しない(クリアランス:プロポフォール麻酔時 3.6ml/min/kg,セボフルラン麻酔時 3.9ml/min/kg)8)ため,この差は麻酔薬による終板抑制作用の差と推定される.ネオスチグミン0.04mg/kg投与後の四連反応比0.9までの回復時間もプロポフォール麻酔時の平均8分に比較し,セボフルラン麻酔時には 12分遅延する 7).

おわりに

 今回紹介した因子のみならず,ロクロニウム筋弛

緩作用は種々の因子により大きく変化する.気管挿管や手術に適した筋弛緩と抜管時の至適回復を得るためには,筋弛緩モニタリングを施行すべきである.モニタリングによりロクロニウムの持続投与も容易になる.

参考文献

1) HemmerlingTM,SchmidtJ,HanusaC,etal.:Simulta-neousdeterminationofneuromuscularblockat thelarynx,diaphragm,adductorpollicis,orbicularisoculiandcorrugatorsuperciliimuscles.BrJAnaesth85:856-860,2000

2) KirovK,MotamedC,NdokoSK,etal.:TOFcountatcorrugatorsuperciliireflectsabdominalmusclesrelax-ationbetter thanatadductorpollicis.BrJAnaesth98:611-614,2007

3) SuzukiT,MizutaniH,MiyakeE,etal.:Infusionre-quirementsandreversibilityofrocuroniumatthecor-rugatorsuperciliiandadductorpollicismuscles.ActaAnaesthesiolScand53:1336-1340,2009

4) BevanDR,FisetP,BalendranP,etal.:Pharmacody-namicbehaviorof rocuronium in theelderly.CanJAnaesth40:127-132,1993

5) SuzukiT,FukanoN,SasakiJ,etal.:Infusionrequire-ments and reversibility of rocuronium inyoungeradultandelderlypatients.AnesthAnalg110:S-438,2010

6) MatteoRS,OrnsteinE,SchwartzAE,etal.:Pharma-cokineticsandpharmacodynamicsofrocuronium(Org9426)inelderlysurgicalpatients.AnesthAnalg77:1193-1197,1993

7) 鈴木孝浩,三宅絵里,井坂友美ほか:セボフルランとプロポフォール麻酔下のロクロニウム持続投与量の比較:皺眉筋モニタリングでの検討.日臨麻会誌 29:S330,2009

8) Woloszczuk-GebickaB,WyskaE,GrabowskiT,etal.:Pharmacokinetic-pharmacodynamicrelationshipofro-curoniumunderstablenitrousoxide-fentanylorni-trousoxide-sevofluraneanesthesiainchildren.PaediatrAnaesth16:761-768,2006

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筋弛緩薬の投与量はしっかりしたモニタリングから763─投与量への影響因子を探る─763

Dosing of Neuromuscular Blocking Agents Should Be Doneby Reliable Neuromuscular Monitoring and Factors Influencing the Dosing

TakahiroSUZUKIDepartmentofAnesthesiology,NihonUniversitySchoolofMedicine

 Theeffectsofneuromuscularblockingagentsusuallyvaryamongpatientsandareeasily influ-encedbyseveralfactorslikethespeciesofthemonitoredmuscle,thepatient’sageandtheanesthet-ic.Byknowingthewidevariabilityofrocuronium-inducedneuromuscularblock,anesthesiologistsshouldrecognize thatneuromuscularmonitoringduringgeneralanesthesia isvery important tomaintainanoptimumneuromuscularblockforanindividual.Key Words:Rocuronium,Neuromuscularmonitoring,Corrugatorsuperciliimuscle,Elderly,Sevoflu-

rane

The Journal of Japan Society for Clinical Anesthesia Vol.30 No.5, 2010