Excelに よる応答曲面法(RSM)の 解析 - JST

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臨床 化 学36:303―309,2007 Excelに よる応 答 曲 面 法(RSM)の解 析 平野 哲夫* Key words:応 答 曲 面 法 解析,Excel,至適 条件 1.はじめ に 応 答 曲面 法(RSM)は多因子 間相 互作 用 にお け る至 適 条 件 を推 定 す る 方 法1~3)で あ り,様々 な 分 野 に お い て 利 用 さ れ て き て い る 。 近 年, この応答曲面法は科学技術の分野で幅広く使 用 され るように なり,そ の応 用 範 囲 は広 が りつ つ あ る 。 臨 床 化 学 の 分 野 で は 酵 素AST4,5), ALT4,6),CK7,8),γ-GT9),お よびALP10)の 活 性測 定条件 の至 に応用 さ れ,IFCC (International Federation ofClinical Chemistry)の 勧 告 法 で至 適化 法 として推奨 さ れ て い る10,11)。 RSMは連続 的 な値 を取 りうる量 的 因子 が実験 者 に よって 正 確 に コ ントロ ール で きる こと,ならび に対 象 とな る応 答 ηが 正 確 な 精 度 で 観 測 可 能 な 事 象 に つ い て 適 用 され る 。 酵 素 反 応 系 を 例 に採 る と応 答 η は 活 性 で あ り,反応 温 度,緩 衝 液 のpH,基質濃 度,補 酵素濃 度 な どが影響 する 因子 となる。そ して,因 子 と応 答 の 間 の関数 関 係 は数式 として表 現 され る。この 関数 ηは複 雑 な 関 数 で あ る が,一 般 に は 式(1)4)に 示す二次 回 帰 の 近 似 式 が 用 い られ る。 重 回 帰 分 析 に よりこの 式 を 求 め,こ の 関 数 の 妥 当性 を分 散 分 析 表,重相 関 係 数,決定 係 数,な らび に 回 帰 式 に よる 予 測 値,残 差 に よ り評 価 す る。 さらに 回 帰 式 を もとに 各 因 子 間 の 二 次 曲 面 を三次元あるいは等高線プロットにより視覚化 す るこ とで,解 析 を容 易 にす るこ とが で きる 。 し か し なが ら,これ らの 一 連 の 解 析 作 業 は 複 雑 で あ り,従来 は 大 規 模 な ソフ トウェアー とコンピュ ー タが必 要 であ った9)。近年 日本 にお い てもRSM が 各 分 野 で 注 目さ れ つ つ あ り,い くつ か の メ ー カーが市販 の ソフトを売 り出 してい る。 今 回,パ ソ コ ン と,表 計 算 ソ フ ト・Microsoft Excel(以 下Excelと 略 す)に付 属 してい る分 析 ツー ル を 用 い てRSMの 複 雑 な 演 算 お よび 三 次 元 グ ラフ 表 示 を簡 単 に扱 え る ように した の で 紹 介したい。 2.材料および方法 Microsoft Office2000・Excel分 析 ツールがイ ンス トー ル さ れ た パ ソ コ ン(エ プ ソ ン- HPCPC500)。 作業手順は以下のとおりである。 1.実験 モデ ル の 選択:本 実 験 で は中心点 で の 実 験 を追 加 し た2次の 応 答 曲 面 計 画Central composite design(CCD)が 用 い られ てい る。 変 数1にはGlucana,変 数2に はGlyGlyお よび変 数3にはpHを選 択 し,そ れぞ れ3濃度 と してあ る(図1)。 2.濃度 および実 験 巾の 入力:図3①のように変 *東京 警察病 院臨 床検 査 第1部 303

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臨床 化学36:303―309,2007技 術

Excelに よる応答 曲面法(RSM)の 解 析

平野 哲夫*

Key words:応 答 曲 面 法 解析,Excel,至 適 条件

1.は じめ に

応答曲面法(RSM)は 多因子 間相互作用にお

ける至適条件 を推 定する方法1~3)であり,様 々

な分野 にお いて利用 されてきてい る。近年,

この応答 曲面法 は科学技術の分野で幅広 く使

用 されるようになり,そ の応用範 囲は広がりつ

つ ある。臨床化 学 の分野 では酵 素AST4,5),

ALT4,6),CK7,8),γ-GT9),お よびALP10)の 活 性測

定 条 件 の 至 適 化 に 応 用 さ れ,IFCC

(International Federation of Clinical

Chemistry)の 勧告 法で至適化法 として推奨 さ

れている10,11)。

RSMは 連続的な値 を取 りうる量的因子が実験

者によって正確 にコントロールできること,な らび

に対象 となる応答 ηが正確 な精度 で観測可能

な事象 について適用 される。酵素反応系を例

に採 ると応答 ηは活性であり,反 応温度,緩 衝

液のpH,基 質濃度,補 酵素濃度などが影響する

因子 となる。そして,因 子 と応答 の間の関数関

係 は数式 として表現 される。この関数 ηは複雑

な関数 であるが,一 般 には式(1)4)に 示す二次

回帰の近似式が用いられる。

重回帰分析 によりこの式 を求め,こ の関数 の

妥当性 を分散分析表,重 相関係数,決 定係数,な

らびに回帰式 による予測値,残 差 により評価す

る。さらに回帰式 をもとに各因子 間の二次曲面

を三次元あるいは等高線プロットにより視覚化

することで,解 析 を容易 にすることができる。し

かしなが ら,こ れらの一連の解析作業は複雑で

あり,従来は大規模なソフトウェアーとコンピュー

タが必要であった9)。近年 日本 においてもRSM

が各分野で注 目されつつあり,い くつかのメー

カーが市販のソフトを売り出している。

今回,パ ソコンと,表 計算 ソフト・Microsoft

Excel(以 下Excelと 略す)に 付属 している分析

ツールを用いてRSMの 複雑 な演算 および三次

元グラフ表示 を簡単 に扱 えるようにしたので紹

介したい。

2.材料 および 方法

Microsoft Office2000・Excel分 析 ツールがイ

ンス トー ル さ れ た パ ソ コ ン(エ プ ソ ン-

HPCPC500)。

作業手順は以下のとお りである。

1.実 験 モデルの選択:本 実験で は中心点で

の実験 を追加 した2次 の応答 曲面計画Central

composite design(CCD)が 用 い られてい る。

変数1に はGlucana,変 数2に はGlyGlyお よび変

数3に はpHを 選択 し,そ れぞれ3濃 度 としてあ

る(図1)。

2.濃 度 および実験巾の入力:図3① のように変*東京警察病院臨床検査第1部

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Central Composite Design Used for 18 RSM Experiments a

a Three variables-gamma-glutamy1-3-carboxy-4-nitroanilide(Glucana)

concentration, glycylglycine(GlyGly)concentration, and pH three values,

with three replicates at design center.b Concontration(mmol/L)

図1 γ-GT活 性 測定 の実験デザイン

①数値テーブルリスト

②出力結果分散分析表

図2 数値テーブルリストおよび重回帰分析結果

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数名,実 験数 因子数,実 験中央値,実 験巾を所

定 のセルに入力する。応答 曲面法で は実験 に

使用するオリジナルの濃度(Xi)に 対 し図1(χi)

のように―1や+1と 下式 で示すコード化 した形

で表現する。

コー ド化:

各試薬の水準と実験巾を下記に示す。

3.実 験結果入力:図2① 数値テーブルリストに

実験結果を入力する。

4.分 析ツールによる重回帰分析:Excelツ ール

の分析 ツール ・重回帰分析を選択する。入力Y

範 囲に実験結果 を,入 力X範 囲にテーブルリス

トのχ1~χ2χ3を選択する。出力オプションを設定

し重回帰分析結果 を出力する(図2②)。

5.至適濃度の計算:図2② の理論式係数から

適合式(2)を 得る。

(2)

適合式 を一般行 列表記すると式(3)で 示され

る。

(3)

こ こ でbo,b,お よ びBは,そ れ ぞ れ 切 片,直 線

部,お よ び2次 係 数 の 推 定 値 で あ る 。x’=[χ1,

χ2,…,χk]で あ り,式(3)をxで 微 分 し微 分 値 を

ゼ ロ お く と,シ ス テ ム の停 留 点xsは 式(4)よ り

求めることができる。

(4)

Bは 式(5)で 示 される各係数(b11~b23)か ら

得られるk×kの 対称行列である。

(5)

式(5)か ら逆行列B-1を 得 る。行列 の掛 け

算 は2つ の配列の行列積 を与えるMMULT関 数

を用いる。逆行列 はINDEX関 数 と行列かけ算

の複 合応用 で行列Bの 逆行列B-1を 与える

MINVERSE関 数 を用いる。図3③ 行列B,お よ

び④逆行列B-1,b(b1,b2,b3)を 次式 に示す。

停 留 点⑤ は次 式 に示すように逆 行 列B-1

および行列bを 用い式(4)よ り求める。

停留点 ・実験巾.実 験中央値から次式により

至適濃度を算出した。

至適濃度=停 留点×実験巾+実 験中央値,各

臨床化学 第36巻第4号2007年10月 305

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変数の至適濃度は

Glucana=0.4915 •~ 5+6=8.5,

GlyGly=0.3969 •~ 100+150=190,

pH= 0.3656 •~ 0.7+7.9=8.16

と求 め られ る(図3⑤)。

6.適 合 モ デ ル 式 か らの 理 論 活 性 計 算:式(2)

を用 いχ2(GlyGly)を 停 留 点(X2=190mmol/L,

χ2=0.3969)に 固定 しχ1(Glucana)お よびχ3(pH)

を ―1~+1に 変 化 させ 各 点 の 理 論 活 性(図4-A)

を算 出 し グ ラ フ処 理 に 用 い た 。例 として 図4-A

のGlucana lmmol/L(χ1=-1),pH7.2(χ3=-1)

に つ い て の 理 論 活 性 計 算 を 示 す。 式(2)に 代 入

し理 論 活 性 を算 出 す ると:

理論活性=96 .3+13.6 •~ (-1) +4.1 •~

(0.3969) + 8.6 •~(-1) -18.0•~ (-1)2-6.5•~

(0.3969)2-10.8•~ (-1)2-6.8•~ (-1) •~

(0.3969) +3.7•~ (- 1) •~ (-1) - 6.2 •~

(0.3969) •~ (-1) =49.4

が 得 ら れ る 。

χ2(GlyGly)を 停 留 点(X2=190mmol/L,

χ2=0.3969)に 固 定 し図4-Aの χ1(Glucana)お よ

びχ3(pH)を ―1~+1に わ た り0.25間 隔(9系 列)

で変化 させExcel表 で総数9×9=81個 の組合せ

の理論活性 を計算するよう計算 コードを施す。

個 々の計算結果 を図4-Aの 表 にまとめて表現 さ

せ グラフ処理に用いた。

7.グ ラフ処理:図4-Aの 理論活性一覧表 を用

いてExcelグ ラフウィザードによりグラフを作成

した。手順 は① グラフ種類の選択(折 れ線 ・等

高線 ・3-D等高線)。 ② グラフ元データ範 囲(両

目盛数値 を含 む範囲 を選択する)。 ③ グラフオ

プション。④軸 ラベルの設定。⑤軸 ラベルの書

式設定。⑥軸の書式設定。⑦等高線 間隔調整

(最小値,最 大値 の設定)す ることで各 グラフを

作成 した。

3.結 果お よび考 察

個 々の変動 因子 を独立 に変化 させ るこ とに

より至適化 を行 う従来の方法 は,多 数の実験 を

必要 とした。因子の数がf個,各 因子 につ きL

個の濃度段階,測 定回数をnと した場合,実 験

の総数はN=nLfに なる。た とえば,4変 数で5

濃度,測 定 回数1と す ると実験総数 は625で あ

るの に対 し,RSMで は254)で 済 む。RSMは,

科 学的根拠 に基づ く実験指針 を与えて くれる

方法であ り,効 率良い実験 で至適条件 を推定

することができる。

①変数名・実験条件

②理論式係数

③行列Bの 表示行列B

④逆行列計算結果

⑤至適濃度計算結果

⑥赤池情報量基準

図3 計算過程および計算結果

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γ-GT活 性の至適化9)に使用 されている3変 数

モ デルをサンプルとして引用 し,RSMの 複雑 な

計算および グラフ処理 を表計算 ソフトExcelで

行 った。図1に 論文で用いられてい る実験デザ

イン(Central composite design)お よび,そ れぞ

れの因子の3濃 度 とγ-GT実 測値 を示 した。 図

2① 数値 テーブルリストを基 に分析 ツールの重回

帰分析 により分散分析 表 ・重相関係 数 ・決定係

数 ・モデル式の係数b0~b23・ 各係数 の標準誤

差 ・モ デル式 より計算 され る予測値 ・その残差

等一連の計算結果が示 される(図2②)。 このモ

デル式の係数b0~b23は 論文に記載 されている

数値 と一致 した(図3②)。 つぎに,こ の理論式

(2)を基 に各変数の至適濃度 ・赤池情報量基準

を求めた(図3⑤ ⑥)。 これらの結果 はいずれも

丸め誤差内で論文9)の 計算値 と一致 した。

Excelグ ラフ処 理 の等高 線3-D表 現 により

Glucana(χ1)―pH(χ3)と 活性値 の関係が三次

元(図4-B),お よび等高線(図4-C)で 示され,

いず れも最大活性 を示す点が実験範 囲内に存

在することが確認 された。次 に,pH― 活性曲線

(図5-A)お よびGlucana― 活性曲線(図5-B)を

示 した。従来の方法では,こ のうちの一系列 の

みを実験 しグラフ化 していたのに対 し,RSMで

は実験範囲内であれば任意の濃度でシミュレー

ショングラフを描 くことが出来 る。また,重 相関

係数(R=0.9862)な らびに決定係数(R2=0.9725)

から,こ のモデル理論式は極めてよく実験式 と

合致 していることを示 している。さらに,残 差の

プロットを表現することで各実験 ポイントでの適

合度が一目でわかる(図5-C)。

以上示 したように,3変 数を同時に変化 させ,

各因子問の相互作用 を含め,数 少 ない実験 で

求めた活性値 を基 に,Excelに 必要最小限の入

力で簡単 かつ迅速 に正確 なデー タ処理 を可能

にした。ただ し,Excelの 分析 ツールの重回帰

分析 は,適 応で きる範囲は2~4変 数モデルで

ある。

A

B C

Glucana (mmol/L)

図4三 次元 および 等高線グラフ

A;理 論 活性値一覧,B;三 次元 グラフ,C;等 高線 グラフ

臨床化学 第36巻第4号2007年10月 307

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pH

Glucana (mmol/L)

実験No

図5 シ ミュ レーショングラフおよび残差プ ロ ッ ト

A;pH― 活性曲線,B;Glucana― 活性曲線,

C;残 差プロッ ト

従来,測 定法の至適条件 は,多 くの実験 を

繰 り返 し試行錯誤のうえ,経 験的に定め られ

て きたこ とが多い。RSMは このような時 間と

試薬の無駄 を最小限に留 め,多 変数の因子 を

同時に変化 させることによ り,効率の良い実験

で至適条件 の領域 を推定す ることがで き,正

確性 ・迅速性 ・科学性 ・客観性 とい う面で優

れた方法 である。今 回,一 般 に普及 してい る

表計算 ソフ トExcelに 付属 している分析 ツール

を用いてRSMを 臨床検査 法の開発,研 究室で

のデー タ解析 を容易 に行 うことがで きる よう

に工夫 した。

■文 献1) Myers RH: Response Surface Methodology, p127-

134 ,Allyn and Bacon, Inc, Boston, MA. 1971. 2) Box GEP and Draper NR: Empirical Model-

building and Response Surfaces, p502-525, John Wiley & Sons Inc., New York. 1987.

3) Myers RH,Montgomery DC: Response Surface Methodology: Process and Product Optimization

Using Designed Experiments, 2nd Edition(Wiley Series in Probability and Statistics).2002

4) Rautela GS, Snee RD, Miller WK: Response-surface co-optimization of reaction conditions in clinical

chemical methods. Clin Chem, 25: 1954-1964, 1979 5) Sampson EJ, Whitner VS, Fast DM, Ali M : A

Multivariate Examination of Response Surfaces Around the Reaction Conditions for the IFCC

Reference Method for AST by Using Characterized Materials.Clin Chem, 26: 1029, 1980. Abstract

6) Bretaudiere JP, Burtis C, Fasching J, Fast DM, Rej R, Shaw L :Study of the Alanine Aminotransferase

Kinetic Assay by Response Surface Methodology. Clin Chem, 26:1023, 1980. Abstract

7) Sampson EJ, Whitner VS, Ali M, FastDM: Multivariate Examination of Response Surfaces Around the Reaction conditions for the

Scandinavian Society's Recommended Method for Creatine Kinase Determinations. Clin Chem,

30:1322-1326,1984 8) Fast DM, Sampson EJ, Whitner VS, Ali M: Creatine

Kinase Response Surfaces Explored by Use of Factorial Experiments and Simplex Maximization.

Clin Chem, 29: 793-799,1983 9) London, JW, Shaw, LM, Theodorsen, L, Stromme,

JH: Application of response surface methodology to the assay of gamma- glutamyltransferase. Clin

Chem, 28: 1140-1143, 1982 10) Appendix A: Optimization of conditions for

catalytic activity measurements. stage 2, Draft 1, Clin Chim Acta, 135 :350E-365F, 1983

11) Appendix A: Description of pertinent factors in obtaining optimal conditions for measurements.

Stage, Draftl, Clin Chim Acta, 135:323F-334F, 1983

受付 日:2007年3月13日

受理 日:2007年8月4日

Analysis of response surface methodology using

Excel

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Tetsuo Hirano* *First Division of Clinical Laboratory

, Tokyo

Metropolitan Police Hospital

*Corresponding author:

Tetsuo Hirano. First Division of Clinical Laboratory,

Tokyo Metropolitan Police Hospital. 2-10-41 Fujimi

Chiyoda-ku, Tokyo 102, Japan

E-mail: [email protected]

臨床化学 第36巻第4号2007年10月 309