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30 第 26回 日本間脳下垂体腫瘍学会 Proceeding

日本内分泌学会雑誌 Vol. 92 Suppl. HPT July 2016

低 Na血症と高 CPK血症を繰り返した後、 下垂体卒中と診断された 1例

小川 真澄*1 江戸 直樹*1 廣畑 倫生*2 盛田 幸司*1 大山 健一*2 石井 雄道*2 松野  彰*2 石川 敏夫*1

*1帝京大学医学部 内分泌代謝・糖尿病内科、*2同 脳神経外科

はじめに 下垂体卒中は、下垂体腫瘍の内部に梗塞や出血を生じ、急性の頭痛・嘔気・視力視野障害・外眼筋障害・内分泌障害などをきたす病態である。内分泌負荷試験や頭部外傷・手術などが誘因となるが、多くの症例では明確な誘因がなく発症するため、早期診断には注意深い徴候の観察が必要である。今回、食欲不振や嘔気、低ナトリウム(Na)血症・高クレアチンホスホキナーゼ(CPK)血症で入院を繰り返す中で発症し、眼球運動障害の発見を契機に診断に至った下垂体卒中の症例を経験した。診断的にも病態的にも示唆に富む症例なため報告する。

1.症  例【症 例】 63歳男性【現病歴】 11ヶ月前にうつ病と診断。6ヶ月前からふらつき、食欲不振が出現・持続していた。1ヶ月前に食欲不振・倦怠感・ふらつきを主訴に他院に入院。低Na血症・高CPK血症(Na 117 mEq/l、CPK 1883 IU/l)を認めた。その際、ACTH 2.9 pg/mlと低値だったが血清コルチゾールは 14 μg/dlと基準範囲内であり、この時点では下垂体機能低下症との確定診断には至らなかっ

た。低Na血症については、尿中Naも低値(11 mEq/l)であったことから塩分摂取不足が原因と考えられ、生理食塩水輸液で加療、ステロイド投与なしで低 Na血症は軽快し、自覚症状も改善したことから退院となった(Figure 1-A)。 しかし退院後に食欲不振・倦怠感が再燃、(当院に転院となる)8日前に手指のこわばり・嘔吐も出現し再入院となったが、この際も血清 Naは低値であった。入院後頭痛が出現し、ふらつき・倦怠感・食欲不振も増強、夜間徘徊や不潔行為も出現した。尿路感染症を併発し意識レベルの低下( JCS 300)、低 Na・高 CPK血症の進行(Na 107 mEq/l、CPK 4463 IU/l)、ミオグロビン尿出現を認めた。抗菌薬に加え 3%高張食塩水の点滴を施行し血清 Na値は上昇、意識状態は改善を認めたが同時に右眼瞼下垂・右眼外斜視が出現した。頭部MRIで下垂体腫瘍内の出血を示唆する所見を認め、内分泌基礎値では ACTH 3.8 pg/ml、血清コルチゾール 3.8 μg/dlと低値であった。下垂体卒中による急性副腎不全、右動眼神経麻痺と診断され、ヒドロコルチゾン(HC)の投与が開始された後、専門的加療のため当院転院となった(Figure 1-B)。

1-A 1-B

Figure 1. History of Present Illness1-A: Clinical course before and after the 1st hospitalization. 1-B: Clinical course in the 2nd hospitalization.

※ F: Cortisol ※ F: Cortisol

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第 26回 日本間脳下垂体腫瘍学会 Proceeding

【転院前内服】 ベザフィブラート400 mg、セルトラリン 100 mg、ブロチゾラム 0.25 mg(以上 3剤はCPK上昇との関連も考慮し前医入院中に中止)、タムスロシン0.2 mg、ソリフェナジン 5 mg。

【既往歴・併存疾患】 30歳代にうつ病。脂質異常症、前立腺肥大症、長芋アレルギーあり。

【家族歴】 特記事項なし。【生活歴】 多量飲酒歴あり。喫煙は 10本 /日。【転院時現症】 身長168.7 cm、体重56.9 kg、BMI 20 kg/

m2、意識清明、体温 36.3℃、血圧 120/74 mmHg、脈拍 67/分で整、SpO2 97%(室内気)。眼瞼結膜は蒼白。胸腹部異常なし。両手指に軽度浮腫あるが下腿に浮腫なし。乳輪の色素脱失なし。腋毛・恥毛の脱落なし。対座法での視野欠損なし。対光反射(+/+)、瞳孔不同

なし。右眼瞼は下垂し、挙上は努力により可能。右眼位は外斜視。正面視で複視あり。右眼球運動は上/下/左 /右斜め下方はやや不十分で、左斜め上 /下は不可。

【転院時検査所見】 血清 Na値は正常化し、血糖は 110 mg/dlであった。内分泌基礎値では、前医で既に HC投与が開始されているものの血清コルチゾール 10.6 μg/dlの時点で ACTH 1.9 pg/mlであり、PRLも 0.5 ng/mlと低値だった。FT4低値だがTSHの上昇はなくIGF-1も低値であり、下垂体前葉機能低下が示唆された(Table 1)。下垂体MRIではトルコ鞍~右海綿静脈洞に出血成分が変容したと考えられる嚢胞状構造と、左側に圧排された腫瘍実質成分を認めた(Figure 2-A、B)。腫瘍は視神経には接しておらず、視野検査でも視野欠損は認められなかった。

Figure 2. T1-weighted coronal (2-A) and sagittal (2-B) gadolinium- enhanced MRI scan.

2-A 2-B

Table 1. Laboratory data on hospital transfer (after administration of hydrocortisone started)

Blood Cell Count Biochemistry Endocrinology UrinalysisWBC 7800 /μl TP 5.2 g/dl ACTH <2.0 pg/ml SG 1.013Neu 7.40 % Alb 2.9 g/dl Cortisol 10.6 μg/dl pH 7.0Lym 17.0 % T-bil 0.37 mg/dl TSH 3.90 μIU/ml Pro (-)Other 9.0 % AST 81 U/I Free T4 0.45 ng/dl Glu (-)

ALT 35 U/I GH 0.09 ng/ml Ket (-)Hb 11.3 g/dl LDH 235 U/I IGF-1 27 ng/ml Bil (-)Hct 32.3 % ALP 330 U/I PRL 0.5 ng/ml U-Osm 371mOsm/kgPlt 180000 /μl γGTP 51 U/I FSH 1.1 mIU/ml U-Cr 64.1 mg/dl

CPK 462 U/I LH 0.7 mIU/ml U-Na 46 mg/dlBUN 9.1 mg/dl ADH 0.8 pg/ml U-K 27 mg/dlCr 0.51 mg/dl HbA1c 5.3 %UA 1.4 mg/dlNa 137 mEq/lK 3.4 mEq/lCl 101 mEq/lCa 9.4 mg/dlP 2.2 mg/dlGlu 110 mg/dl

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【経 過】 転院後は下垂体前葉機能低下症に対し、HC 15 mg/日とレボチロキシン(L-T4)50 μg/日の補充を行った。中枢性尿崩症の合併は認められなかった。全身状態は安定し、右動眼神経麻痺は徐々に改善を認めた。組織診断の意義も含め、転院26日目に内視鏡下経鼻経蝶形骨洞的手術を施行した。術中所見では腫瘍の海綿静脈洞への浸潤はなく、肉眼的に腫瘍を全摘出した。摘出腫瘍の病理は下垂体腺腫に合致する所見であり、一部組織に出血像を認めた(Figure 3-A)。免疫染色ではGH・PRL・ACTH・FSH・LH・TSH全て陰性で、αSUのみ陽性、SSTR2と SSTR5は陰性であった。MIB-1 indexは7.7%と高値であった(Figure 3-B)。術後の 3者(CRH・TRH・GnRH)負荷試験・GHRP-2負荷試験では下垂体前葉機低下症及び重症成人成長ホルモン分泌不全症(GH頂値:1.91 ng/ml)と診断された。術後も HC・L-T4補充は継続し、転院 40日目に退院となった。

2.考  察 本症例では下垂体卒中との診断が確定し当院転院となるまでの約 1か月間、単一でなく複数の病態が関与したと思われる低 Na血症を繰り返し、原因の特定に難渋した。1回目の他院入院時の副腎・甲状腺系のホルモン基礎値からは、卒中発症前ながら既に下垂体予備能が低下していた可能性が疑われる。しかし低Na血症自体は、尿中 Na低値を伴っており、生理食塩水補液のみで改善したことから、副腎不全が先行して存在していた可能性はあるものの、食欲不振による塩分摂取不足が主病態だったと考えられる。このような経過の中、明らかに下垂体

卒中を発症した思われる時期は、頭痛や眼症状の出現時期や画像所見から 2回目入院前~入院後数日の間と推定される。加えて尿路感染も併発し、急性副腎不全に進行したと考えられる。 また低 Na血症を発症した 2回とも、時期を同じくして CPK上昇を伴っていた点が特徴的であった(2回目はミオグロビン尿も確認している)。その原因に関し、1回目入院時には熱中症によるものを、2回目入院時には意識障害や発熱と併せ抗精神病薬からの悪性症候群の可能性、あるいはフィブラート系薬剤の可能性も検討されたが、経過全体から見ると低 Na血症に伴う横紋筋融解症であった可能性が最も考えられる。低 Na血症が横紋筋融解症を来す機序としては、①細胞外 Na濃度の低下が骨格筋細胞膜上のNa-Ca交換系の機能低下を来し、細胞内Ca濃度が増加、Ca依存型プロテアーゼなどの酵素が活性化され、細胞障害に至ることや、②細胞外浸透圧の低下により骨格筋が膨張、細胞膜が脆弱化して細胞内酵素が逸脱することなどが想定されている1)、2)。しかしながら、横紋筋融解症を来した低 Na血症の既報の多くは水中毒によるものであり、副腎不全での低 Na血症に関連した横紋筋融解症の報告は少なく3)、本症例で繰り返し CPKが上昇した点は興味深い。 下垂体卒中の誘因としては、手術・侵襲的検査・内分泌負荷試験・薬剤・高血圧・抗血小板薬・抗凝固薬・外傷等がある4)。しかし、本症例で卒中に先行して発症した食欲不振・塩分摂取不足・低 Na血症が、下垂体卒中の誘因として影響したかどうかは不明である。既知の誘因がない場合、また卒中発症前から種々の病態を併発している場合、病初期の下垂体卒中の診断は困難となる。

Figure 3. Histopathological view of the resected pituitary tumor.3-A: Photomicrograph of the surgical specimen stained with hematoxylin and eosin (original magnification×400).3-B: Photomicrograph of the surgical specimen stained with anti-Ki67 antibody (original magnification×400). MIB-1 index : 7.7%

3-A 3-B

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本症例では動眼神経麻痺を早期に捉えたことが診断・治療に繋がった。複雑な経過の中でも、注意深い神経学的所見の観察が重要と思われた。 本症例では視野異常はなく、右動眼神経麻痺も自然経過で改善傾向ではあったが、組織診断的意義も含めて手術を施行した。摘出腫瘍のMIB-1 indexは 7.7%と高値を呈していた。MIB-1 indexは下垂体腺腫の浸潤性に関係するが 5)、特に 3%以上の場合、腫瘍の全摘が臨床的に重要とする報告 6)もあり、本症例では結果的に保存的加療ではなく手術施行が適切だったと思われる。MIB-1 index高値と下垂体卒中との因果関係は不明であり、今後の臨床的検討が待たれる。

結  語 低 Na血症・高 CPK血症を繰り返す複雑な経過の中で、診断に至った下垂体卒中例を経験した。一般に負荷試験など既知の誘因のない下垂体卒中では初期診断が困難だが、経過中に出現した動眼神経麻痺を的確に捉えることで、早期診断・加療に至ることができた教訓的な症例であった。

謝  辞 稿を終えるにあたり、摘出下垂体腺腫の免疫組織化学・組織標本写真の提供と所見のご教示を頂きました国際医

療福祉大学三田病院分子病理診断室の松田みどり先生、長村義之先生に深謝致します。

文  献1)Singhal PC, Abramovici M, Venkatesan J. Rhabdomy-

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妊娠中に下垂体機能低下と視野狭窄を発症した 1例

田村 哲郎  富川  勝  三橋 大樹  澁谷 航平

新潟県立中央病院 脳神経外科

はじめに 妊娠中に下垂体機能低下と視野狭窄を伴う下垂体腫瘍が見つかることは極めて稀である。我々の経験した症例について診断と治療戦略を検討し、特に画像診断について過去に報告のない所見の重要性を見いだしたので転帰とともに報告する。

1.症  例 症例は34歳の女性。月経は整順だったが、基礎体温が単相性だったために一時排卵誘発と人工授精を受けたことがある。しかし、不妊治療中断後に自然妊娠し、妊娠悪阻が軽快したのちに、頭痛、嘔気嘔吐と倦怠感が出現した。さらに視野狭窄を自覚し、近医を受診。視力は保たれていたが、両耳側上 4分の一盲を認め、MRIで下垂体腫瘍を指摘されて妊娠 27週 6日で当科に紹介となった。前医での随時採血では TSH 0.14(基準値 0.45–4.90)μU/ml、fT3 2.37(同 2.55–4.84)pg/ml、fT4 0.51(同1.07–1.99)ng/dl、プロラクチン 110.1(同 6.1–30.5)ng/ml、GH 2.19ng/ml、ACTH 5.7(同 7.2–63.3)pg/ml、コルチゾール 6.8(同 4.5–21.1)μg/dlであり、中枢性甲状腺機能低下と高プロラクチン血症を認めた。 下垂体MRI(図1)は妊婦のためガドリニウム造影剤は使用せずに撮像されていたが、左右対称の鞍隔膜でくび

図 1.発症時MRI左:T1強調軸位断、中左:T1強調冠状断、中右:T2強調冠状断、右:T1強調正中矢状断 ←は後葉を示す高信号

れを有するダンベル型の鞍内から鞍上進展し視交叉を挙上させる均一で充実性の占拠性病変を認めた。トルコ鞍の拡大はなく鞍底はほぼ平坦であった。腫瘍の後縁で後床突起の前面に沿って薄く扁平化している T1高信号の部分を認め、後葉と考えられた。入院の上ヨード造影剤を用いてmultidetector CTを撮ったところ腫瘍は正常下垂体と区別できずに均一に増強された(図 2)。 前医より甲状腺ホルモンの補充が開始されていたが、当院受診時の血清fT4は0.50ng/dlと低いままだった。内分泌負荷試験には CRH負荷とインスリン +TRH同時負荷を行った。血漿 ACTHは CRHに対して 9.4から53.6pg/mlに上昇したが、コルチゾールのピーク値は13.1μg/dl(表 1)、インスリン低血糖に対して 9.7μg/dlであり、不十分な反応を示し下垂体性副腎皮質機能低下と考えられた(表 2)。血清プロラクチンは TRH刺激により69.9から 30分後に 227.5ng/mlに上昇し、プロラクチン産生下垂体腫瘍の反応ではないと考えられた。血清TSHは低値無反応であった。また血清GHは十分な低血糖刺激に反応しなかったが、いずれの時点でも 3ng/mlを上回ったままで血中 IGF-1が 264ng/ml(+1.2 SD)であったことも踏まえて胎盤性GHによる交叉反応のための軽度高 GH血症と考えられた。

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表 1.CRH試験

0 15 30 60 90 120 分ACTH 9.4 53.6 53.1 37.4 24.8 17.6 pg/ml

Cortisol 3.8 6.3 9.8 13.1 11.5 9.1 μg/dl

表 2.Insulin+TRH負荷試験

0 15 30 60 90 120 分ACTH 9.4 53.6 53.1 37.4 24.8 17.6 pg/ml

Cortisol 3.8 6.3 9.8 13.1 11.5 9.1 μg/dl

GH 3.87 4.06 4.59 4.19 4.15 4.17 ng/ml

PRL 69.9 210.7 227.5 180.8 133.9 125.2 ng/ml

TSH <0.02 0.07 0.14 0.17 0.18 0.17 μU/ml

血糖 66 35 42 66 59 mg/dl

図 2.造影 CT(multidetector-CT)左:軸位断、右上:矢状断、右下:正中矢状断

 以上から妊娠中に視野狭窄と下垂体機能低下が生じた下垂体腫瘍は、非機能性下垂体腺腫ではなくリンパ球性下垂体炎と診断し、負荷試験直後からプレドニゾロン30mg/body(0.5mg/kg)/日を開始し、1週間ごとに10mg/日ずつ漸減して 10mg/日で維持し、甲状腺ホルモンの補充も併用し、分娩時にはステロイドカバーを行い、出産後はハイドロコーチゾン 15mg/日の通常量で補充する方針とした。 臨床症状は 2週間以内に軽快し、ステロイド開始後 8週後のMRIでは明らかな腫瘍の縮小と視神経への圧迫は軽快した(図 3)。その後 38週 6日で正常な経膣分娩にて男子を出産し、その 1週間後のMRIでは更なる縮小を認め、均一にガドリニウムで強く増強された(図 4)。矢状断では正常な位置に後葉の高信号を認め、下垂体柄は腫大していない。その後混合栄養で哺育し、数ヶ月以内に周期性月経が発来した。1年後にはMRIで下垂体は正常な形態に復したが、甲状腺と副腎皮質ホルモンは回復しないため補充したままである。

2.考  察 妊娠に伴い視神経障害が出現する下垂体および下垂体近傍腫瘍は、まれであるが、プロラクチン産生腺腫についてはよく知られている1)、2)。それ以外の下垂体腺腫特に非機能性下垂体腺腫については極めて稀 3)、4)で、そ

れを基盤とした下垂体卒中の報告が少数報告されている5)、6)。また頭蓋咽頭腫 7)、8)、鞍結節部髄膜腫 9)およびspindle cell oncocytoma 10) などの新生物のみならずリンパ球性下垂体炎や線維性骨異形成 11) のような非新生物も報告されている。リンパ球性下垂体炎は血性マーカーとしての下垂体抗体は感度、特異度とも低く確定診断には病理組織診断が必須であるが、大多数では内分泌所見と画像所見を含む臨床経過からなされている。Catregliらが 379例について文献レビューしたとき 3分の一を超える 130例が本邦からの報告であったが、人種差によるものかどうかは不明である12)。内分泌所見から前葉炎、後葉炎、汎下垂体炎に分けられるが、なかでも前葉炎の臨床的特徴として過半数の症例が妊娠中あるいは産後に発症している。画像の特徴も報告されているが、稀な疾患であり、非妊婦も含め日常よく遭遇する非機能性下垂体腺腫との鑑別は困難とされてしばしば誤診されている13)、14)。確定診断には組織診断が必須であるが、妊娠中に比較的急速に視神経障害が発生してもステロイドで良好な転帰が得られることから胎児や将来の妊孕性への影響を考慮すれば、手術なしでの診断が望ましい。 画像所見の特徴はいくつか報告されているが、単独の指標では鑑別できないことからGutenbergらは英語以外の世界中の文献報告も含めて画像所見をまとめ、スコアリングシステムを報告している15)。それには年齢、妊娠、

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大きさ、造影の態様、対称性、後葉の喪失、下垂体柄、粘膜の厚さに重みづけを行いそれぞれ割り付けた。その結果下垂体炎では概ねマイナスになり中央値は −5(範囲は −13から +2)、下垂体腺腫では概ねプラスの中央値+4(範囲は −2から +8)であったという。本例では −4になり下垂体炎が示唆されたが、妊娠のみが該当していただけだったのでほかにも支持する所見が望ましかった。そこで造影のされかたについて検討することにした。妊婦に造影検査を行うに当たり、FDAでは相対的にヨード造影剤の方がガドリニウムより安全とされている16)。Europian Society of Urogenital Radiology(ESUR)のガイドラインでは、腎機能が正常ならいずれも可である。ただ、腎性全身性線維症のリスクにはガドリニウム製剤にリスクの違いがあり、最低限のものが推奨されている17)。 われわれは相対的な安全性から今回はヨード造影剤を

使用し、Mutidetector-CTにて造影検査を行った。Massは均一に中等度以上に造影され、下垂体柄や残存正常下垂体と区別される腫瘍性病変は指摘できず、非機能性下垂体腺腫としての直接所見はなかった。下垂体腺腫は左右どちらかに発生し微小腺腫においては下垂体柄の偏移を伴うことが多く、macroadenomaでは増大の結果としてトルコ鞍内から鞍上部の左右いずれかに正常下垂体が偏移して認められ、下垂体柄の先端に存在する後葉も正中に存在しえないばかりか腫瘍の圧迫によって後床突起の先端より上部に存在することがふつうであり、鞍内の後縁で正常な位置に存在することは極めて稀と考えられる。その他間接所見として平坦な鞍底でトルコ鞍の拡大がない左右対称な腫瘤であることもあわせて画像所見からもリンパ球性下垂体炎と診断し、甲状腺ホルモンの補充のみならずプレドニゾロンにて加療し、結果的に頭痛、

図 3.ステロイド開始後 8週のMRI左:T1強調冠状断、中:T2強調冠状断、右:T1強調正中矢状断

図 4.出産後 7日のMRI左:T1強調冠状断、中左:Gd造影冠状断、中右:T1強調正中矢状断、右:Gd造影正中矢状断

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倦怠感の消失、食欲の回復および視野狭窄の改善が腫瘍の縮小とともに認められた経過から典型的なリンパ球性下垂体炎と考えられる。Gutenbergらのスコアリングシステムは良くできていると思われるが、下垂体後葉を示唆する高信号の喪失のみならず正常な位置での後葉の存在は下垂体腺腫と誤診された報告例でも認めることができるのでリンパ球性下垂体前葉炎の特徴と考えられた。 リンパ球性下垂体炎の病因は不明であるが、自然経過において再発例がないわけではない 18) ものの寛解後に自然妊娠し、2度目の妊娠には症状が再燃せずに挙児を得たとの報告が少なくない 19)- 21)。本例では下垂体組織は組織診断のために損なうことなく残存しており、周期性月経が回復していることから将来再妊娠することが期待される。

結  論 組織診断は得られていないが、全ての臨床経過と画像の特徴、推移から本例はリンパ球性下垂体前葉炎であると考えられる。 妊娠中に下垂体機能低下と視野狭窄を伴う下垂体腫瘍をみたら、まず第一にリンパ球性下垂体炎を疑うべきである。 画像上の特徴として左右対称の均一な増強効果以外に正常な位置に後葉を認めることが下垂体腺腫との鑑別点になる。

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16)FDA薬剤胎児危険度分類基準.http://www.okusuri110.com/kinki/ninpkin/ninpkin_03-02.htr

17)ESUR Guidelines. http://www.esur.org/esur-guidelines18)Nishioka H, Ito H, Fukushima C. Recurrent lym-

phocytic hypophysitis: case report. Neurosurgery 1997; 41(3): 684–687.

19)Ishihara T, Hino M, Kurahachi H, Kobayashi H, Kaji-kawa M, Moridera K, Ikekubo K, Hattori N. Long-term clinical course of two cases of lymphocytic adenohy-pophysitis. Endocrine J 1996; 43(4): 433–440.

20)Gagneja H, Arafah B, Taylor HC. Histologically proven lymphocytic hypophysitis: spontaneous resolu-sion and subsequent pregnancy. Mayo Clin Proc 1999; 74: 150–154.

21)Siddique H, Baskar V, Chakrabarty A, Clayton RN, Hanna FW. Spontaneous pregnancy after trans-sphe-noidal surgery in a patient with lymphocytic hypophy-sitis. Crin Endocrinol 2007; 66: 454–455.

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38 第 26回 日本間脳下垂体腫瘍学会 Proceeding

日本内分泌学会雑誌 Vol. 92 Suppl. HPT July 2016

水・電解質管理に難渋した頭蓋咽頭腫術後の 10か月女児例

塚田 洋樹*1 工藤 新吾*1 竹田 悠佳*1 小野 敦史*1 大原信一郎*1 鈴木 雄一*1 陶山 和秀*1 加藤 朝子*1 川崎 幸彦*1 古川 佑哉*2 神宮字伸哉*2 齋藤  清*2 細矢 光亮*1

*1福島県立医科大学 小児科学講座、*2同 脳神経外科学講座

はじめに 頭蓋咽頭腫の約20%は小児に発生し、小児脳腫瘍の約9%を占める。 術前中枢性尿崩症(DI)は約 20%に認め、術後DIでデスモプレシン投与を要したものは約 60%と報告されており、術後の水分・電解質管理が重要である。今回我々は頭蓋咽頭腫の術後管理に難渋した 10か月女児例を経験したので報告する。

1.討 論 点〔抗利尿ホルモンの分泌障害について〕 血清 Naの管理に苦労した。■第 1相後期の低 Na血症は、ピトレシンを早期に中止すれば、防ぐことができたか。■第 2相後期の低 Na血症は、さらに厳しい水分制限と

Na補充をしていたら防ぐことができたか。

2.症  例 10か月女児。主訴は両眼球上方固視、視線の合いにくさ、 眼振。発達歴・家族歴は特記事項なし。X年 9月初旬(生後 10か月)より視線が合わず、ハイハイの時に物にぶつかるようになった。9月 8日前医を受診し、頭部MRIで鞍上部に嚢胞性病変が認められた。9月 10日頭部 CTで同部位に嚢胞壁を裏打ちするように石灰化病変が認められた。頭蓋咽頭腫が疑われ、精査加療目的に当院脳神経外科に紹介された。受診時のバイタルに異常はなく、身体所見も光刺激への反応が弱いこと以外には特記すべき所見はなかった。

 鞍上部から前頭蓋底に首座をもつ嚢胞性病変、石灰化を認め、頭蓋咽頭腫が疑われた。 ADHが低値である以外に特記すべき所見なし。 9月 11日に腫瘍全摘術を施行された。

3.考  察 頭蓋咽頭腫術後の ADH分泌障害 術後全例(小児 9例、成人 4例)で尿崩症が発生し、うち尿崩症の持続は小児 6例にみられ、その期間は最短 10か月、最長 5年であった 1)。 頭蓋咽頭腫術後の ADH分泌障害は 3つの時相で障害される2)。 第 1相は術後 1–2日目の早期に起こる。手術操作により下垂体後葉からの ADH分泌障害が起こることに起因する1)。 第 2相は術後 7日目頃の、調節機構を外れた制御されない ADHの分泌である。傷害された下垂体後葉組織に残存する ADHが漏出することにより生じる1)。 第 3相は下垂体後葉に蓄えられた ADH分泌顆粒の枯渇により生じる1)。 術後2–4時間毎に尿量や in-outバランス等をチェックした。 第 1相では術後尿量の増加に伴い、Naの上昇を認めた。1時間尿が 125ml/m2/hを超えたため、ピトレシン持続静注を開始し、輸液を低張液に変更した。ピトレシ図 1.術前の頭部 CT

WBC

RBC

Hb

Hct

Plt

PT

INR

APTT

6700

396

11.3

32.4

37.0

134.3

0.88

26.1

g/dl

%

%

TP

Alb

AST

ALT

LDH

CK

BUN

Cre

Na

K

Cl

CRP

7.0

4.9

37

19

295

169

10

0.30

140

4.0

105

<0.03

g/dl

g/dl

IU/l

IU/l

IU/l

IU/l

mg/dl

mg/dl

mEq/l

mEq/l

mEq/l

mg/dl

TSH

FT4

FT3

LH

FSH

PRL

ACTH

GH

IGF-1

ADH

4.330

1.06

3.70

<0.10

4.79

25.65

25.02

1.40

57

2.0

ng/dl

pg/mlmI

mIU/ml

mIU/ml

ng/ml

pg/ml

ng/ml

ng/ml

pg/ml

29.48

表 1.術前の血液検査

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日本内分泌学会雑誌 Vol. 92 Suppl. HPT July 2016

第 26回 日本間脳下垂体腫瘍学会 Proceeding

ン開始後尿量の減少とともに Naが低下し、補液の減量や高張液への変更、ピトレシン減量で対応したが、Naの低下が進行した。9月 15日にピトレシンを中止した。 続いて、第 2相では尿量の回復とともに Naの上昇を認め、ミルクの摂取量も徐々に増えていったが、再びNaの低下を認めた。この時期も、傷害された下垂体からの残存 ADHが関与していた時期と考えた。 第 3相では尿量の上昇とともに急激な Naの上昇を認めた。補液の増量とミルク摂取の増量では尿量の増加に対処できず、永続的な尿崩症の時期に入ったと考え、デスモプレシン点鼻を開始した。デスモプレシンは尿量をみながら回数と量を決めたが、一定の量と回数で尿量やNaを安定化させることができた。 デスモプレシンを開始した段階では永続的な尿崩症の段階に入っていたことや、児の食欲も普段どおりに戻っていたことが、Naや尿量を管理しやすかった理由と考えた。 最終的にはデスモプレシンは朝 0.0125ml、夜 0.019mlで管理した。 第1相後期で尿量は多いが、低Naが進行していた。尿中Na 165mEq/Lで尿比重は1.007であった。この時期は

中枢性の塩類喪失症候群があったと考えた。 第2相後期に低Naの進行があり、このとき輸液は高張液を使用していたが、ミルク摂取量が増えており、相対的に低張液となっていた。また、in overが続いていた。厳しい水分制限と、Naの補充をしていれば低Na血症を防げたかもしれないと考えた。

結  語 頭蓋咽頭腫術後の水分・電解質管理に難渋した10か月女児例を経験した。現在はデスモプレシンを用いて、水分・電解質管理は適切になされている。乳児の場合は水分・電解質バランスを崩しやすいので、病態を予測した早期の対応が術後経過を安定させるために重要である。

文  献1)柴田尚武,頭蓋咽頭腫術後尿崩症の遠隔調査 小児と成人の対比,Neurol Med Chir 1983; 23: 797–801.

2)John C. Ausiello, Jeffrey N. Bruce, Pamela U. Freda. Postoperative assessment of the patient after transsphe-noidal pituitary surgery. Pituitary, 2008; 11: 391–401.

図 2.水分バランスと血清 Na