Effects of Odor of Hair Color Products on Psycho ...

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Copyright © 2019 日本感性工学会.All Rights Reserved. 日本感性工学会論文誌[早期公開記事] J-STAGE 早期公開日:2019.04.12 Transactions of Japan Society of Kansei Engineering J-STAGE Advance Published Date: 2019.04.12 doi: 10.5057/jjske.TJSKE-D-19-00003 1. 近年,心身における健康づくりは,すべてのヒトにとって 今日的な課題である.中でもセルフケア行動を意識し日常 生活へ取り入れ実行し続けることは,健康づくりに大きな意 義をもたらす.セルフケアの意識を構成する要素の一つに自 尊感情がある.この自尊感情とは,自己の現状に満足し自信 を持つことを意味する.自尊感情は情動的および認知的コン ポーネントの両方を有する永続的な感情特性[1]であるた め,他者と比較して自分自身を表現する方法やそのような表 現における情動プロセスを,自己評価 self-evaluation)によっ て評価することが重要となる[2].つまり,自尊感情は, 自己評価によって他者との相互作用の中で形成された自己概 念がどのようなものであるか評価されることで明らかとなる. 自己評価が肯定的なものとなれば,自尊感情の安定化がもた らされ,ヒトは比較的安定した気分で日々を過ごすといった 感情や認知機能の安定化のみならず,行動が促されることも 明らかとなっている[134]. 自尊感情には,自己のさまざまな側面に対する自己評価の 結果としての満足感「自己カセクシス」が重要となる[5]. 中でも,服飾,髪型やヘアカラーなどの身体装飾行動を用い ることは,他者反応を予測し確認しやすいため,ポジティブ な自己カセクシスがもたらされ自尊感情を高めることのでき る手段の一つと考えられる. 身体装飾に関して,これまでスキンケア,メークアップ, ヘアカラーやネイルアートなどが心身に及ぼす影響について これまで多く報告されてきた[67].中でも髪に対してヘア カラーを行うという身体装飾意識[8]は,自己充足感や自信 をもたらし「心の健康」へとつながるものとされる[910]. しかし,美容店や市販されているヘアカラー製品には成分 としてアンモニアが含まれるため微量の刺激臭を有する. そのため本意識を低下させる要因の一つとなりうる可能性 がある.これまで,匂いがヒトに及ぼす影響を神経生理学 的に検討した報告としては,匂いを嗅いだ瞬間の脳活動を 脳波周波数解析によって検討した結果,匂いを嗅いだ吸気 時にθ 波帯域のパワー値に変動が生じた[11]こ と や, 快・不快臭の匂いを用いてオドボール課題を用いた脳磁図 Magnetoencephalography: MEG)実験を行い応答特性と 大脳左右差との関係について検討した結果,快適な匂いと 不快な匂いの応答特性に違いがある[12]ことを明らかにし ている.しかしこれらの報告は,臭気時の状態つまり,一過性 および即効的な情動変化について検討したものであり,匂い を嗅いだ後の心的影響いわゆる価値判断につながる感情変化 を神経生理学的に検討したものはこれまでない.匂いとして の有臭刺激が情動や感情といった心的状態へ及ぼす影響を明 らかにすることができれば,より有用な身体装飾意識の解明 につながり,「心の健康」との関連性をより詳細に検討する ことも可能となるものと思われる.そこで,本研究では, 即時的な情動の変化を反映するα 波帯域での脳神経活動か ヘアカラー製品の匂いがもたらす神経生理学的影響 兒玉 隆之*,樋口 絵理**,ボサール セリーヌ**,中野 英樹***, 植田 智裕*,横山 恵美理**,北野 聡**,中尾 好子** * 京都橘大学大学院‚ ** 日本ロレアル株式会社‚ *** 京都橘大学 Effects of Odor of Hair Color Products on Psycho-physiological Index Takayuki KODAMA*, Eri HIGUCHI**, Celine BOSSARD**, Hideki NAKANO***, Tomohiro UEDA*, Emilie YOKOYAMA**, Satoshi KITANO** and Yoshiko NAKAO** * Graduate School of Health Science, Kyoto Tachibana University, Kyoto-city, Kyoto 607-8175, Japan ** NIHON L’OREAL K.K., Research & Innovation Center, Kawasaki-city, Kanagawa 213-0012, Japan *** Kyoto Tachibana University, Kyoto 607-8175, Japan Abstract : The objective of this study was to investigate and understand brain activities and mental state of humans in response to odors. On the 10 healthy adults with no neurological abnormalities electroencephalography was performed to analyze the brain activity in subjects being exposed to the odorants with different level of pungent smell of ammonia and the resting-state brain activity after being exposed to the odorants. A questionnaire survey was performed in parallel in order to evaluate the mental state (pleasant / unpleasant) of the subjects. In the brain activity measurements, α wave band was significantly suppressed with ammonia odor even at a low level, of which impact on mental state of the subjects was not clearly expressed in the result of questionnaire survey. A significant difference in the nerve activation of b wave band at post-rest was also observed with the same conditions. The brain wave measurement is considered to be an effective tool to detect the human emotional changes, which was even not recognized by him/herself. Keywords : Odor stimulation, Electroencephalogram, sLORETA analysis, Mental stress Received: 2019.02.08 / Accepted: 2019.02.26 ノート

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Copyright © 2019 日本感性工学会.All Rights Reserved.

日本感性工学会論文誌[早期公開記事]J-STAGE早期公開日:2019.04.12Transactions of Japan Society of Kansei EngineeringJ-STAGE Advance Published Date: 2019.04.12

doi: 10.5057/jjske.TJSKE-D-19-00003

1. は じ め に

近年,心身における健康づくりは,すべてのヒトにとって今日的な課題である.中でもセルフケア行動を意識し日常生活へ取り入れ実行し続けることは,健康づくりに大きな意義をもたらす.セルフケアの意識を構成する要素の一つに自尊感情がある.この自尊感情とは,自己の現状に満足し自信を持つことを意味する.自尊感情は情動的および認知的コンポーネントの両方を有する永続的な感情特性[1]であるため,他者と比較して自分自身を表現する方法やそのような表現における情動プロセスを,自己評価 (self-evaluation)によって評価することが重要となる[2].つまり,自尊感情は,自己評価によって他者との相互作用の中で形成された自己概念がどのようなものであるか評価されることで明らかとなる.自己評価が肯定的なものとなれば,自尊感情の安定化がもたらされ,ヒトは比較的安定した気分で日々を過ごすといった感情や認知機能の安定化のみならず,行動が促されることも明らかとなっている[1,3,4].自尊感情には,自己のさまざまな側面に対する自己評価の結果としての満足感「自己カセクシス」が重要となる[5].中でも,服飾,髪型やヘアカラーなどの身体装飾行動を用いることは,他者反応を予測し確認しやすいため,ポジティブな自己カセクシスがもたらされ自尊感情を高めることのできる手段の一つと考えられる.

身体装飾に関して,これまでスキンケア,メークアップ,ヘアカラーやネイルアートなどが心身に及ぼす影響についてこれまで多く報告されてきた[6,7].中でも髪に対してヘアカラーを行うという身体装飾意識[8]は,自己充足感や自信をもたらし「心の健康」へとつながるものとされる[9,10].しかし,美容店や市販されているヘアカラー製品には成分としてアンモニアが含まれるため微量の刺激臭を有する.そのため本意識を低下させる要因の一つとなりうる可能性がある.これまで,匂いがヒトに及ぼす影響を神経生理学的に検討した報告としては,匂いを嗅いだ瞬間の脳活動を脳波周波数解析によって検討した結果,匂いを嗅いだ吸気時にθ波帯域のパワー値に変動が生じた[11]ことや,快・不快臭の匂いを用いてオドボール課題を用いた脳磁図(Magnetoencephalography: MEG)実験を行い応答特性と大脳左右差との関係について検討した結果,快適な匂いと不快な匂いの応答特性に違いがある[12]ことを明らかにしている.しかしこれらの報告は,臭気時の状態つまり,一過性および即効的な情動変化について検討したものであり,匂いを嗅いだ後の心的影響いわゆる価値判断につながる感情変化を神経生理学的に検討したものはこれまでない.匂いとしての有臭刺激が情動や感情といった心的状態へ及ぼす影響を明らかにすることができれば,より有用な身体装飾意識の解明につながり,「心の健康」との関連性をより詳細に検討することも可能となるものと思われる.そこで,本研究では,即時的な情動の変化を反映するα波帯域での脳神経活動か

ヘアカラー製品の匂いがもたらす神経生理学的影響

兒玉 隆之*,樋口 絵理**,ボサール セリーヌ**,中野 英樹***, 植田 智裕*,横山 恵美理**,北野 聡**,中尾 好子**

* 京都橘大学大学院‚ ** 日本ロレアル株式会社‚ *** 京都橘大学

Effects of Odor of Hair Color Products on Psycho-physiological Index

Takayuki KODAMA*, Eri HIGUCHI**, Celine BOSSARD**, Hideki NAKANO***, Tomohiro UEDA*, Emilie YOKOYAMA**, Satoshi KITANO** and Yoshiko NAKAO**

* Graduate School of Health Science, Kyoto Tachibana University, Kyoto-city, Kyoto 607-8175, Japan** NIHON L’OREAL K.K., Research & Innovation Center, Kawasaki-city, Kanagawa 213-0012, Japan

*** Kyoto Tachibana University, Kyoto 607-8175, Japan

Abstract : The objective of this study was to investigate and understand brain activities and mental state of humans in response to odors. On the 10 healthy adults with no neurological abnormalities electroencephalography was performed to analyze the brain activity in subjects being exposed to the odorants with different level of pungent smell of ammonia and the resting-state brain activity after being exposed to the odorants. A questionnaire survey was performed in parallel in order to evaluate the mental state (pleasant / unpleasant) of the subjects. In the brain activity measurements, α wave band was significantly suppressed with ammonia odor even at a low level, of which impact on mental state of the subjects was not clearly expressed in the result of questionnaire survey. A significant difference in the nerve activation of b wave band at post-rest was also observed with the same conditions. The brain wave measurement is considered to be an effective tool to detect the human emotional changes, which was even not recognized by him/herself.

Keywords : Odor stimulation, Electroencephalogram, sLORETA analysis, Mental stress

Received: 2019.02.08 / Accepted: 2019.02.26

ノート

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早期公開(Advance Publication)

ら,ヘアカラー剤に含まれるアンモニアの臭気刺激に対する瞬間的な情動変化を,またそれらがもたらす価値判断を創出する神経活動について,b波帯域の脳神経活動からその基盤となる感情変化を検証し解明することを目的とする.

2. 方 法

2.1 対象対象者は,整形外科的および視覚および嗅覚機能において神経学的異常のない健常成人10名(男女比 1:1,平均年齢20.3±2.3歳)であった.なお,本研究は,京都橘大学倫理審査委員会の承認(承認番号18-37)を得て実施した.対象者には,研究の主旨,内容および手順を口頭及び書面にて十分に説明し同意を得た.

2.2 試料匂い刺激としてアンモニア臭を選択し,試料として以下のヘアカラー製品処方を用いた.① アンモニアを含まない処方として,モノエタノールアミンを含む水 /油 /界面活性剤のo/wエマルションのクリーム

② アンモニアを含みながらアンモニア臭を低減した処方として,アンモニアと炭酸水素アンモニウムを含む水 /油 /界面活性剤のラメラ型液晶(トラッピングテクノロジー)のクリーム

③ アンモニア臭を発する処方として従来から使用されている水 /油 /界面活性剤を使用したo/w エマルションのクリーム

2.3 実験手順測定項目は,生理学的側面からの客観評価として脳波計測,心理学的側面からの主観評価としてアンケート調査を行った.2.3.1 アンケート評価 心理学的主観評価として,匂いに対する心的ストレス評価を目的としたアンケート質問項目を設定した.匂いを嗅いだ際の印象に関する質問では,「非常に快」から「非常に不快」までの5件法で構成され,課題条件終了後に回答してもらった.後者の質問項目について匂い刺激条件間で比較するために,フリードマンの順位和検定を用いて比較検討した.有意水準は5%未満とした.2.3.2 脳波計測脳波計測は,アクティブ電極(gtec社製)と生体信号装置

Livo(テック技販社製)を用いて記録した.計測部位は,国際10-20法に基づき,両耳朶を基準電極としたFpz,Fz, Cz,Pz,Oz,F3,F4,C3,C4,P3,P4,F7,F8,T7,T8の15部位より導出し,バンドパスフィルターは1~30 Hz,サンプリング周波数は1000 Hzにて計測した.計測されたデータに対して,匂い刺激の三条件のデータから混ぜる運動動作のみのデータを減算したデータを解析に用い,安静時,MPおよびSPにおける匂いに惹起されるストレス状態につい

て,ストレスに影響を受ける後帯状回や楔前部の脳内領域[11]におけるα波帯域(8–13 Hz)の神経活動[12]について,それらの領域の神経活動を反映する脳波電極Pz部位の神経活動値(mA/mm2)を比較検証した.統計処理に関しては,行為条件(pre-rest×MP×SP)と匂い刺激条件(①×②×③)を二要因の分散分析にて比較した.多重比較検定はBonferroni法を用いた.有意水準は5%未満とした.さらに臭気刺激による感情変化を検討するため,課題条件終了後安静時(post-rest)の脳神経活動について脳機能イメージング解析を用いて解析し比較した.脳波計測後周波数解析を行い算出されたb波(13.5–30 Hz)帯域のデータを用いて,脳内神経活動の三次元画像表示法exact Low Resolution Brain

Electromagnetic Tomography(以下:eLORETA)解析[13,14]による脳内空間的解析を行った.一般にb波帯域の神経活動は大脳皮質活動を反映しており,脳内の神経情報処理に関わるとされる[15].本帯域の神経活動について,群毎の脳内神経活動領域が各ボクセル上での神経活動値を算出し,活動脳領域と活動領域の脳座標(MNI座標)[16]を求め検証した.実験の流れとして,まず被験者に,椅座位にて開眼状態をとらせ2分間の安静状態(pre-rest)における脳波活動を計測した.終了後,匂いを嗅いでもらう課題を実施しその際の脳波活動を計測した.匂いを嗅ぐ行為として,「匂いを立ち上がらせる」ために刺激素材を30秒間混ぜ(Mix Phase:MP),その後発せられる匂いを能動的に5秒間嗅いでもらった(Smell Phase:SP).臭気刺激試料の提示順序は,順序効果を考慮し,ランダマイズした.また,匂いのafter effectも考慮し各条件の間は一日以上空けるようにした.さらに,刺激条件時混ぜるといった運動動作に関連する脳神経活動が入るため,統制条件として刺激素材を用いずに実施した条件も実施した.これらの四つの課題条件終了後,匂いの及ぼす感情への影響を検証するため安静状態の脳波活動を2分間計測した(post-rest).

3. 結 果

3.1 アンケート調査による主観心象評価対象者10名(A-J)によって回答された「快」,「不快」に関する点数を匂い刺激条件間にて比較した結果,臭気刺激③(最頻値4)は①(最頻値3)(p < 0.01)および②(最頻値3)(p < 0.05)に比べて有意に不快を示す点数が高かった.また,①と②の間には有意差を認めなかった(表1).

表1 3種の臭気刺激に関し,タスク終了後の匂いに関する アンケート調査の結果

*: p < 0.05, **: p < 0.01

1: 非常に快い,2: 快い,3: どちらでもない,4: 不快,5:かなり不快

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ヘアカラー製品の匂いがもたらす神経生理学的影響

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3.2 α波帯域における神経活動臭気刺激に対する即時的な情動変化について,α波帯域での神経活動値を検証した.図1は,pre-restに続いて臭気刺激を有するMP条件およびSP条件におけるα波帯域での神経活動値を算出した結果を示す.統計学的処理の結果,行為条件および匂い刺激条件において有意な交互作用を認めた(F=7.611,p < 0.001).多重比較検定の結果,行為条件においてはpre-restとMP(p < 0.001)およびpre-restとSP(p < 0.001)の間に有意な主効果を認めた.また,匂い刺激条件においては,処方①と③(p < 0.001),②と③(p < 0.001)の間に有意差が認められ,また主観評価で有意差を認めなかった①と②(p < 0.05)の間に有意な主効果を認めた(図1).

3.3 イメージング解析による脳神経活動臭気刺激を嗅いだ後,各刺激に対する感情変化について,

post-restにおけるb波帯域の脳神経活動性を検討した(図2-1,図2-2,図2-3).臭気刺激①および②は,左頭頂葉の神経活動が高かったが,一方,③では右頭頂葉の神経活動が優位に高かった.

上記で観測された結果について,より詳細に検討するためにb波帯域にて匂い刺激条件間の神経活動について比較した(図3).臭気刺激①と③の比較においては,①では左頭頂葉(赤),③では右頭頂葉(青)の神経活動性が有意に高かった(図3-1).臭気刺激②と③の比較においては,②では左頭頂葉(赤),③では右頭頂葉(青)の神経活動性が有意に高かった(図3-2).また,臭気刺激①と②の比較では,①の左頭頂葉(青)の神経活動が有意に高かった(p < 0.05)(図3-3).

0

0.002

0.004

0.006

0.008

0.01

0.012

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0.016

0.018

0.02

1 2 3

① ② ③

** **

**

**

**: p<0.001 *: p<0.05

pre-rest MP SP

mA/mm2

図1 Pz部位におけるα波帯域活動

図2-2 臭気刺激②におけるpost-restのβ波帯域の脳神経活動

図2-3 臭気刺激③におけるpost-restのβ波帯域の脳神経活動

図2-1 臭気刺激①におけるpost-restのβ波帯域の脳神経活動

図3-1 β波帯域における臭気刺激①と③の神経活動の比較結果赤色の脳領域箇所は臭気刺激①に有意に高い神経活動部位, 青色は臭気刺激③に有意に高い神経活動部位を示す.

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4. 考 察

本研究は,匂い刺激成分の違いがヒトの心的ストレス状態へ及ぼす影響を検討するために,脳機能の神経生理学的指標から脳波解析を用いた客観的側面における評価と,アンケート質問による主観的側面における評価を用いて検証を行った.脳波を用いた客観的評価の結果に関して,α波帯域におけるpre-restとMPおよびSPの神経活動値の間に有意な主効果を認め,匂い刺激条件においては,臭気刺激①と②,①と③および②と③の間に有意な主効果を認めた.α波帯域の神経活動は,生体のリラックス状態を現す生理指標とされ,匂い刺激によりα波帯域の活動は抑制される[19].頭頂葉領域から検出されるα波帯域の神経活動は,脳の基底状態を表すデフォールトモード神経回路(default mode network:DMN)の活動性を反映し,安静時に増幅するとされる[20,21].これは安静時にみられる脳神経活動状態で,自己生成的思考時に関連している[20].逆に内的な痛みや不安に注意が向いているときにはDMNの脱賦活作用が大きくなるとされる[22].これらのことから,今回 pre-restに比較し匂いを嗅いだ時点でα波帯域の神経活動値が有意に減少したことは,アンモニア成分を有する匂いはストレスのようなリラックス状態を軽減させる影響を及ぼした可能性が示唆された.また,α波帯域の神経活動性の変化には処方による差が反映された.アンモニア刺激臭を強く放つ処方③での減衰が最も大きく,アンモニアトラッピングテクノロジーを用いた処方

②は③のような減衰は認めなかった.また,アンモニアを用いない処方①は,②および③に比べその減衰は有意に小さかった.さらに主観評価では,確認されなかった処方②との差が統計学的にも明確であった.これらのことは,神経生理学的分析を用いたことで,アンモニア刺激臭が強い処方ほどα波帯域の神経活動値が低値を示すことを明らかにし,アンモニア刺激臭の放出が高いほどストレス状態は増大する可能性を示唆した.

b波帯域での神経活動性において,処方①と②は頭頂葉を中心とした左半球の優位な神経活動性を示したが,③においては右半球の優位に高い神経活動性を示した.一般的に,b波帯域の頭頂葉の活動性は安静覚醒状態を表す.また,臭気刺激条件間を比較した結果において,各臭気刺激の有意に高い神経活動性を呈した半球側性は,処方①と②では同様の結果を示した.さらに,①と②を比較した結果においては,①の方が有意に左頭頂葉の神経活動が高かった.神経活動性の半球側性について,快感情による脳波反応は左半球の活動と関連があり,一方,不快感情時の脳波反応は否定的な情動(回避行動)を反映した反応とされ右半球の活動と関連があるとされる[23-25].このことより,匂いを嗅いだ後の安静時では臭気刺激③は①および②に比べ有意に高い不快感情が惹起されたものと思われた.また,②は左半球優位の活動性を示したが,①と比較した結果では②に比べ①の方が左半球の活動性が有意に高かった.これは①も②も快感情を優位にもたらすが,アンモニア含有していない①の方により快感情が高くなる可能性が示唆された.主観評価の結果に関して,臭気刺激①と②の間には匂いに対する快不快感情に有意差を認めなかったが,③は①および②に比べて不快であったことがアンケート回答の点数の分析によって示唆された.これまで匂いの定性的評価では,快不快に依存するところが大きいことが報告されており[26],外池[27]は,15種類の匂いに対して嗅覚誘発脳波に主成分分析を適用し検討しており,その結果得られた第1因子の因子得点は,快臭と不快臭を両極に分けるものであったと報告している.これらのことは,匂いを快不快感情で判別させたことの信頼性および有用性を意味する.一方,本研究では,処方②は刺激臭を低減するトラッピングテクノロジーを用いたものであったがアンモニアを含んでいた.しかしながら,通常にアンモニア臭を放つ③のみが有意に不快を高く示す結果となった.匂いのような人間の知覚強度はヴェーバー・フェヒナーの法則により対数関数的な増減をしているため,一概にアンモニア成分の含有量に比例して快不快のようなストレス感情が誘起されるものではない[28].そのため,匂いに対する主観的な感情は,一定の刺激量に達することで意識的に認知され誘起されることが明らかとなった.今回,匂い刺激がヒトの快不快感情へ及ぼす影響について解明するために,脳機能状態や心的状態を検証した.主観的な評価では,アンモニア刺激臭の放出量が多い処方に対して不快という反応をみることが可能であったが,その放出量が一定量に満たない処方に関しては,アンモニアを含まない

図3-2 β波帯域における臭気刺激②と③の神経活動の比較結果赤色の脳領域箇所は臭気刺激②に有意に高い神経活動部位,青色は臭気刺激③に有意に高い神経活動部位を示す.

図3-3 β波帯域における臭気刺激①と②の神経活動の比較結果青色の脳領域箇所は臭気刺激①にて有意に高い神経活動部位を示す.

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ヘアカラー製品の匂いがもたらす神経生理学的影響

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処方と区別はできなかった.一方,脳波による評価では,α波帯域の神経活動値やb波帯域での脳神経活動状態を検証することで,刺激臭放出量の差に伴った快不快の状態を詳細に検出することができた.本研究の限界として,対象者数が少なかったことが挙げられる.今後は年齢,性差や経験などの要因を考慮しより詳細に検討することが必要と考えられた.結論として,ヘアカラー製品を使用する際の情動や感情といった心的状態を詳細に評価するためには,脳波のような神経生理学的指標を用いることが有用であることが明らかとなった.このことは,脳波解析が身体装飾意識を評価する手法の一助となる可能性を示唆する.

謝 辞実験プロダクトの提供にご協力いただいた日本ロレアル株式会社リサーチアンドイノベーションセンターのヘアカラー部門のスタッフに深く感謝申し上げます.

参 考 文 献

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[26] 吉田正昭:化粧品の香の「情感」,心理学評論,25(1),

pp.145-162,1982.[27] 外池光雄:嗅覚誘発脳波とニオイの心理実験との比較,

第15回味と匂のシンポジウム発表論文集,pp.84-87,1981.[28] Chuandong, W., Jiemin, L., Peng, Z., Martin, P., and

Günther, S.: Conversion of the chemical concentration of

odorous mixtures into odour concentration and odour

intensity: a comparison of methods, Atmospheric Environ-

ment, 127, pp.283-292, 2016.

兒玉 隆之(正会員)

国立療養所福岡東病院附属リハビリテーション学院卒(理学療法士).久留米大学大学院医学研究科博士課程修了.博士(医学).

2013年より京都橘大学健康科学部理学療法学科准教授.2016年より京都橘大学大学院健康科学研究科准教授.2019年教授,現在に至る.理学療法科学学会では2010年度および2012年度優秀論文賞受賞,The 8th International Congress on VASCULAR

Dementia & The First Cognitive Impairment European MeetingにてBest Poster Award 2013受賞.2017年第22回日本ペインリハビリテーション学会学術大会にて優秀賞を受賞.現在は,脳機能における認知機能や運動機能障害に対するニューロリハビリテーションの治療システム開発研究に携わっている.

中野 英樹(非会員)

畿央大学健康科学部理学療法学科卒業.畿央大学大学院健康科学研究科博士後期課程修了.博士(健康科学).日本学術振興会特別研究員,クイーンズランド大学脳科学研究所博士研究員などを経て,2016年より京都橘大学健康科学部理学療法学科助教,

2019年 よ り 同 准 教 授.2013年 2nd Joint World Congress of

ISPGR & GMF, Aftab Patla Research Innovation Award,2013年第21回総合リハビリテーション賞,2013年日本疼痛学会学会誌

Pain Research 優秀論文賞,2016年日本理学療法士学会第7回表彰論文最優秀賞,2017年 International Conference on Healthcare

& Life-Science Research, Best Paper Presenter,2018年日本ヘルスプロモーション理学療法学会第8回学術集会学会奨励賞を受賞.

樋口 絵理(非会員)

2005年東京理科大学理学部修士課程修了.現在,日本ロレアル株式会社リサーチアンドイノベーションセンターヘア開発研究所勤務.主にヘアカラー製品の開発に従事 .

ボサール セリーヌ(非会員)

2008年アグロパリテック食品科修士課程修了.現在,日本ロレアル株式会社リサーチアンドイノベーションセンターヘア開発研究所勤務.ヘアカラー&パーマ研究室マネジャー.

植田 智裕(非会員)

2019年京都橘大学大学院健康科学研究科修士課程修了.専門は神経生理学.

横山 恵美理(非会員)

2006年フランス・レンヌ農学国立学校(アグロキャンパス ウエスト)・生物化学専攻修士課程修了.現在,日本ロレアル株式会社リサーチアンドイノベーションセンター製品評価部に勤務.主に臨床試験担当.

北野 聡(非会員)

1996年日本大学理工学部卒業.現在,日本ロレアル株式会社リサーチアンドイノベーションセンターヘア開発研究所勤務.主にヘアカラー製品の開発に従事 .

中尾 好子(正会員)

1987年関西学院大学大学院理学研究科後期課程博士課程修了.理学博士.専門は,分子分光学及び表面科学.現在,日本ロレアル株式会社リサーチアンドイノベーションセンター勤務.化粧品開発に従事.